仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)43号 判決
控訴代理人は、「原判決中、原告その余の請求を棄却する、との部分を除きその他の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、
一、本件買収計画は、原判決添付第二目録記載の農地について樹立されたのであるが、異議申立の際一部農地を取落したため、原判決添付の第一目録と第二目録とが一致しないのである。
二、本件買収計画は、訴外岩手県農地委員会が訴外奥玉村農地委員会の権限を代行して樹立したものである。
三、本件農地の買収計画に対する訴願について被控訴人が裁決書の交付を受けたのは、昭和二十四年八月十七日である。
四、被控訴人は、昭和十四年三月三十一日応召し、昭和十五年三月応召解除となり、同月二十二日渡満し、満州国赤十字社に事務員として勤務していたのである。
五、本件農地は、奥玉村農地委員会において、被控訴人が自作農創設特別措置法第二条第四項、同法施行令第一条第四号の、その他の事由で一時同居しないことをやむなくさせたものに該当するものと認めて、買収計画から除外したのであつたが、それについて岩手県農地委員会の承認を経る手続を採らなかつたのである。
と述べ、控訴代理人において、
当審における被控訴人の主張事実中前記、一、二、三の事実及び四の事実中、被控訴人の応召の日、応召解除の日、渡満の日が被控訴人主張のとおりであること及び被控訴人が満洲赤十字社に勤務していたことは争わないが、事務員として勤務していたかどうかはわからない。
と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
岩手県農地委員会は、奥玉村農地委員会の権限を代行して、昭和二十四年一月二十七日被控訴人所有の原判決添付第二目録記載の農地につき、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き不在地主の小作地として所謂遡及買収計画を樹立し、翌二十八日これを公告したこと、被控訴人は右買収計画中原判決添付第一目録記載の農地の部分につき、右農地委員会に異議の申立をしたが却下せられたので、更に控訴人に訴願の申立をしたが、これまた同年八月四日附で棄却せられ、その訴願棄却の裁決書が同月十七日被控訴人に交付せられたこと、控訴人は右買収計画に基く同年八月一日附買収令書を昭和二十五年五月十二日被控訴人に交付したことは当事者間に争がない。
よつて右買収農地が所謂不在地主の小作地であるかどうかにつき按ずるに、被控訴人は昭和十四年三月三十一日応召し、昭和十五年三月応召解除となり、同月二十二日渡満し満洲国赤十字社に勤務していたことは控訴人も争わないところであつて、該事実と原審証人太田富美、千田小三郎、浅沼治郎の各証言とを合せ考えると、被控訴人は、郷里奥玉村に妻子を残して単身渡満し、満洲国赤十字社に勤務していたのであつたが、昭和二十年八月終戦と同時にシベリヤに連行抑留せられ、昭和二十一年十月帰郷したものであること、被控訴人は、本件土地を含めて約一丁二反の田畑を所有しているものであるが、本件農地はいずれも小作地で、被控訴人の応召又は渡満による不在中は、被控訴人の妻がこれを管理するとともに残四反余りの畑を耕作して生計を立てていたものであることが認められ、右認定に反する資料はない。
以上の事実関係に徴すれば、被控訴人が渡満し、満洲国の赤十字社に勤務していたのは、所謂一時の出稼ぎであつて、その住所は郷里奥玉村にあつたものと認めるを相当とするのみならず、仮に昭和二十年十一月二十三日当時被控訴人の住所が奥玉村になかつたとしても、昭和二十年八月の終戦と同時にシベリヤに連行抑留せられる等異常の事態が起らなかつたならば、被控訴人は、本件買収の基準日である昭和二十年十一月二十三日までには、当然奥玉村に帰還し得られたものと認めるを相当とするから、自作農創設特別措置法第四条の農地の所有者で、やむなき事由によりその所有する農地のある市町村の区域内に住所を有しなくなつた場合に該当するものとも解し得られる。いずれにしても控訴人が昭和二十年十一月二十三日当時不在地主であつたとして樹てられた買収計画に基いて本件土地を買収したのは違法たるを免れない。
従つて控訴人が原判決添付第二目録記載の農地につき、昭和二十五年五月十二日被控訴人に買収令書を交付してした買収処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、右と結論を同じくする原判決は結局相当で本件控訴は、その他の争点について、判断するまでもなく理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)